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  • 川柳の歴史

川柳家 尾藤一泉のなるほど川柳豆知識

マネー川柳の選者である尾藤氏より、川柳の歴史やより良い作品を作るためのヒントをお届けします。

選者からのメッセージ

毎年恒例となった「オリックス マネー川柳」ですが、私も選者として作品を楽しく拝見しています。 作品選定の際に気付いたこともございますので、応募される方はぜひご覧ください。

(1)単なる言葉遊びにならず、「マネーに関する思い」を伝えましょう

川柳の歴史の上で「狂句(きょうく)」と呼ばれる言葉遊びの作品が中心になってしまった時代があります。表面的な言葉の面白さや謎々的な楽しみを句にした時代です。

円高が これでほんとに ええんだか
総理さん 金くれるらし あっそうか(麻生か)

とても面白い作品ですが、表面的な言葉だけでは作者の訴えたい「マネーに関する思い」が伝わってきません。面白い言葉遊びでありながら、しっかりと「マネーに関する思い」が詰まった作品にして入選をねらいましょう。

(2)五・七・五のリズムを守るようにしましょう

金だけを 信じた会社が 消えてゆく
川柳で 賞金取っても 黙ってよ

いずれも面白い視点の作品ですが、残念ながらリズム感に欠けています。というのは、ふつう五・七・五のリズムである川柳ですが、真ん中の7音で「信じた会社が」とか「賞金取っても」など、いずれも「8音」になっています。すなわち、五・八・五というリズムです。
最近の話し言葉は、偶数音が好まれるということもあるようですが、定型詩である川柳にとって、流れるような五・七・五のリズムは、読者に対して優れた伝達性があり、共感が得られやすい形です。
もちろん、内容がよく、「リズム感」があれば、決して定型だけにこだわりませんが、そういう非定型でよい作品を作るのは、定型の器に載せて作るよりも難しく、経験と実力が必要になるのです。

(3)同想に注意しましょう

川柳は、わずか十七音の文芸です。まして、「マネーをテーマに」などと題材が絞られると、誰もが同じことを考えてしまうことが起こります。これを「同想」といいます。

貯めている 金ではなくて 体脂肪

過去の募集期間において応募作品の中に同じような句が10句ほど見られたことがありました。
誰でも考えそうなモチーフは、結局、どの句も相打ちになってしまいます。
日常の平凡な風景から、他人が見つけないような題材を取り上げると、それだけで輝きが増してくるものです。単純発想を避け、他人が見落としたり気付かないことを句にするようにしましょう。

以下につづく「作句のポイント」もぜひご覧ください。

俳句のポイント

ようこそ「マネー川柳」の世界へ

お金は、文明社会においてニンゲンと切っても切れない存在になっています。
今から250年前に興った川柳という庶民文芸でも、たくさんの切り口で〈人間社会〉と〈お金〉が描かれてきました。
明治以降、近代文芸に成長した〈川柳〉でも、〈お金〉という存在は、私たちの生活に密着して、時には歓びの対象となり、また、苦労の対象となり、さらには、事件発生の原因にもなってきました。お金を通じて、ニンゲンの強さや弱さが見え隠れします。
マネー川柳は、そんな人間社会の一端を十七音に定着し、楽しもうとするものです。
ここでは、文化としての川柳の歴史や基本を紹介するとともに、「マネー川柳」でよりよい作品を作るためのヒントをご紹介いたしましょう。

川柳は世界一短い定型詩である

川柳には定まった形式があります。俳句も同じですが、川柳は、五・七・五、合わせて「17」という限定された音節から成り立っており、このような詩を「定型詩」と呼びます。日本古来の短歌(31音)ももちろん定型詩で、7音と5音で構成された定型のリズム(七五調といいます)の原形をなすものです。
「寸鉄、人を殺す」などといわれますが、仮名にしてただの十七字、一息で言い切れる定型の詩は、世界にも類例がなく、この短さこそが、川柳のいのちということができます。特徴的な一部を描くことで全体を想像させるという特徴があり、描かれた一部がわずかであればあるほど、インパクトが強く、ひろがりも大きくなります。
たった一滴おとしたインクが、水面へその色を拡げていく――これが、最短詩型である川柳の最大の効果です。

また一つ タダが消えてく レジ袋

川柳の作り方には、特に難しいことはありません。

また一つ タダが消えてく レジ袋
紫陽花ママさん

第3回の「マネー川柳」大賞句です。
川柳が、俳句と同じ十七音の文芸であることは皆さんご存知と思います。
この定まった形式を「定型(ていけい)」といいます。したがって、川柳は形式を持った詩―「定型詩」の一種で、一般には「五七五」とか「十七音」などと呼ばれます。

また一つ / タダが消えてく / レジ袋
 5音節    7音節    5音節
のように、5音節と7音節のフレーズを交互に三つ重ねて、5−7−5となり、全体では17音節になるのが、基本的な構成です。この場合、はじめの5音節を「上五(かみご)」(または「初五(しょご)」)、まんなかの7音節を「中七(なかしち)」、さいごの5音節を「下五(しもご)」(または「座五(ざご)」)と呼びます。
川柳は、この上五・中七・下五の三句体を基本として構成される定型詩です。

 

川柳の作法

川柳は遊びですが作法があります。
いい加減な心掛けでは入選するのが難しくなります。

川柳におけるおおざっぱな作法についてお話しましょう。
私は、川柳を通じて日本の言語や歴史を楽しむ「文化」として川柳と関わりたいと思っています。「オリックス マネー川柳」のような公募文芸でも、もちろんその要素を持っていることは間違いありません。
応募される皆さまが、さらに川柳へ興味を抱いていただければ幸いです。川柳を人生の楽しみとしていただければ、これに過ぎた喜びはありません。

俳句のプロセス

川柳の作り方には、特に難しいことはありません。

「見入れ」  自分の目で題材を
既成概念をそのまま句にしたり、起きていることを単に説明したり、新聞記事などから十七音の報告をしても川柳として読む人に「その通り!」という共感を与えません。作者が実際の目で見て感じたことを十七音にすることが大切です。
「趣向」  時代を捉える
「マネー川柳」に限らず、どんなに上手いことを言っても、昔から言われているようなことを読んでも取り立てて意味がありません。「今」を生きる一人として作者が感じた「視点」を十七音で定着することが大切です。
「句作り」  川柳の定型を基本とすること
川柳には「十七音定型」という基本形式があります。これをベースにして作句します。多少の字余りも許されますが、「五・七・五」というリズムはとても耳馴染みがよく、読む人の共感を誘いやすくなります。

川柳の作り方、表現法は、大きく分けると10パターンほどになります。次の項では作句の参考に「句案十体」を紹介しましょう。

 

川柳表現の「句案十体」

ここでは過去のマネー川柳応募作品を例にとり、川柳表現の基本10パターン「句案十体」をご紹介します。

(1)対置法
平面や利害を異にする2つの事象を等格に対置することでアイロニー効果を求める技法です。対置する両者の価値が異なる横合は、価値の高い方を揶揄するかたちになります。

「ケータイで 夢もおでんも 買う日本」 八街落花生(第2回大賞作品)

「夢」と「おでん」という全く価値のちがうもののコントラストが面白い。
また、

「通帳も 離婚届も 同じ判」 シジュウ(第3回入賞作品)

印鑑をキーワードにした対置。通帳と離婚届という価値の違いが滑稽を誘う。
(2)遠近法
現在の事象をより際立たせるために、過去の事象を持ち出す技法です。

「あの世でも 払い続ける 墓ローン」 世間知らず

未来の状況を描くことで、現在の状況を描いたもの。これは、過去と対照することでも成立する技法です。
(3)反転法
作者が言いたいことを反対側から照らすことによる表現方法です。例えば、短いものをいうことによって、長いものをイメージさせるような方法です。

「ジャンボくじ CMだけが 高笑い」 雅号なし

CMにおけるジャンボくじのタレントは、当たるのが当然というように満面の笑顔。それを描き出すことによって、現実は末等だけという当たり前の事実を想い起こさせます。
(4)喚起法
実際に表現しようとする対象について直接言わずに、別の風景からそれを喚起させる技法です。

「また一つ タダが消えてく レジ袋」 紫陽花ママ(第3回大賞作品)

第3回の大賞作ですが「レジ袋」という、あるひとつのものを描くことで、それ以外の現実を表現したものです。
(5)寓意(ぐうい)法
たとえられる事柄を表に出さず、たとえる事柄だけで裏に隠された(たとえられる事柄)ものを暗示的に表現する技法です。

「ごっつぁんです 仕送り先は よその国」 ヒャックリのジョー

「ごっつぁんです」という言葉で相撲を表現し、「よその国」で外国人力士が描かれています。仕送り先というだけで、給金や懸賞の行方を暗示し、川柳として面白い世界を表しています。
(6)虚実法
現実ではないがいかにも現実らしく、真実ではないがいかにも真実らしく風景化することで風刺的な効果をあげます。一種の袴張法ともいえます。

「帰省する よりもヨーロッパ が安い」 雅号なし

国内旅行と海外旅行の価格格差。国内旅行の宿泊費の高さは、海外ツアーパックの値段と比べてみてビックリすることがある。リアリズムでもあるが、誇張的表現でもあります。
(7)転義法
いわゆる比喩のことで、明喩(直喩)と暗喩(隠喩)があります。比喩は、上手く使うと効果的ですが、平凡だとつまらないところに落ち着いてしまいます。いかに奇抜で意表をついた比喩を見つけるかが勝負。

「温暖化 ほどに上がらぬ お給料」 帰国ママ

地球的規模の温暖化による気温上昇に給料のベースアップを喩えたもの。そのギャップの大きさで面白さが生れます。
(8)パロディ
成功したときの効果は大きいのですが、失敗例も多い技法です。

「新札と 入れ替えだけの 金まわり」 秋田美人
「後悔の 今年始まる 福袋」 ひさよ

前者は「金は天下のまわり物」ということわざを下敷きに、また、後者は「後悔先に立たず」ということわざを下に敷いたもの。
(9)カリカチュア
いわゆる戯画化のことです。虚実法と通じるものがありますが、より飛躍した、より徹底した風景に仕上げます。暗喩や寓喩を駆使する点も、リアリティを前面に押し出す虚実法と異なります。

「お札にも ニートの様な ニ千円」 春ボケ

ニートという現代社会風俗の戯画化ともいえる。
(10)リアリズム
これまでご紹介した技法を用いない、ありのままの表現技法です。ただし、現象を漠然と十七音にしたのではインパクトがありません。言語の背後に広がるものが必要です。しっかりとした目と的確な把握が要求され、ある意味、これが最も難しいといえるでしょう。

「自販機に 入れたお札が 舌を出す」 痴々庵(第3回入賞作品)

初心者に多いパターンをチェック!

過去の応募作品を参考に、初心者の方が陥りやすいパターンをチェックしましょう。

(1)解説型になっていないか
いわゆる「説明句」。よくいえば論理的ですが、当たり前のことを解説しただけで終わってしまう、初心者の作品に最も多いタイプ。自明な事柄を説明しただけに終わっていないかをチェックしましょう!

「アイディアで 一攫千金 夢じゃなし」

たとえば、

「アイディアが 胸算用を 膨らます」

のように、「描写体」で表現すると説明的な臭いが薄れます。
(2)報告型になっていないか
ある事象を報告して終わり、というタイプ。たとえば「朝起きて顔を洗って服を着る」というのも五・七・五ですが、これではただの日常報告となってしまいます。

「宝くじ またもはずれて 夢となる」
「0(ゼロ)の数 六個以上は 縁が無く」

これらのように事実をそのままではなく、

「宝くじ またもハズレた 腹の虫」
「ゼロの数 縁なき程の 汚職記事」

といった具合に、もうすこしイメージを自分自身や社会と関連づけると句が生きてきます。
(3)因果型になっていないか
物事の因果関係をいっただけの句で、「ゴモットモ川柳」などとも呼ばれます。十七音で理屈をいっただけでは面白さ、感動をよび起こしません。

「あって良し なくては困る お金かな」

読者の共感を得るためには、「ゴモットモ」ではなく「そうだ!」と言わせなくてはなりません。

「あってよし 無くても金で 世が廻り」

このようなところでしょう。
(4)独善型になっていないか
第三者にはあまり興味をひかない手柄や、自分だけの考え、言葉遣いに走ってしまうタイプです。文芸作品には、もちろん作者の“個”がなくてはなりませんが、普遍性を持たない独善だけでは、単なる個人的言葉になってしまいます。

「あと十円 コーヒー買えずに 肩落とす」

数詞に絶対的理由がありません。

「自販機の 前で小銭に 裏切られ」

こうすれば、「10円」という限定を逃れて句に広がりまで出ますね。
(5)詰込型になっていないか
十七音という限られた容器に、何でもかんでも詰め込もうとするタイプ。引越しのトラックのように、積み込めるだけ積み込もうとするので「コンテナ型」ともいいます。散文的になったり、混雑するだけで言いたいことが何も言えず、意味不明なものになりがちです。

「今日も100円 明日も100円と貯めても 使うのは子や孫」

言葉を選択し、焦点を絞り、切り取る。これが大切です。

「百円を 毎日溜めて 子に盗られ」

これでも、十分に気持は伝わるでしょう。
(6)詠嘆型になっていないか
第三者にはそれほどとも思えないことをしきりに詠嘆してしまうタイプです。表現用語に、意味もなく「や」や「かな」を用いるのも特徴です。

「災害の 確率ほどの 金利かな」
「財布みる 並ぶばかりは カードかな」
「増税を 置き土産する 総理かな」

自分から詠嘆してしまうと、読み手に伝わりにくくなります。

「災害の 確率ほどに つく金利」
「働かぬ カードが並ぶ デブ財布」
「増税を 土産に総理 椅子を捨て」

詠嘆より、描写する方が読み手に気持が伝わります。
(7)説教型になっていないか
何かにつけて叱り、決めつけるタイプです。教訓的、悟道的口調になります。

「札束が 人間性を 曲げて行き」
「政治家は 無駄な税金 使い過ぎ」

これでは教訓じみた説教に終わってしまいがちです。

「堅物の 背骨を 札束が曲げる」
「政治家の 手から血税 零れてだす」

ここでも、「人間性」とか「税金使いすぎ」といった作者の主観を裏に隠して、表現は描写にします。すると、読んだ人が作者の言いたいことを感じてくれるようになります。
(8)標語型になっていないか
説教型に似ているのですが、スローガンやキャッチフレーズのような呼びかけ口調のものです。読者の同意を求める調子が顕著に出てきます。

「生きた金 遣えと言って 逝った父」
「生涯は お金と命 大切に」

川柳には、客観的存在としての普遍性を持たせましょう。標語的な発想は、残念ながら添削することができません。最初から、標語的にならぬように注意しましょう。
(9)語戯型になっていないか
シャレや語呂合わせなどに興じる、いわば言葉遊び的なタイプ。川柳のユーモアと、言葉遊びとを混同しないようにしましょう。

「生活と 税にゼイゼイ 我が暮らし」
「孫さんの マネーゲームを マネしたい」

駄洒落も、決ると面白い句が生れますが、多くは単なる語戯で終わってしまいます。語戯でも、内容を持ったものなら、どんどん挑戦してみることも大事です。古い句ですが

「呑み込めと 歯のない親父 言いふくめ」 「狂句百人集」より

は、コトバ遊びですが言い得て妙です。
(10)空想型
フィクションや虚構も川柳創作の大事な要素ですが、初心者はやはり自分を中心とした触れる世界、体験を通して素材を求めましょう。何より好ましいのは、過去・現在にかかわらず、自分の「目」で捉えた対象を作品化することです。
頭の中だけの想像やつくりごとでは、空々しいものになってしまいがちです。

「大掃除 箪笥の裏から 旧千円」
「貯めすぎて 金のおもみで 蔵壊れ」

これも、とことん創ると面白いものになりますが、半端な作り話は面白くありません。最初の句は、中七の「箪笥の裏から」という8音も下五の「旧千円」が「五・八・七」となっていて間延びした感じがします。

「大掃除 箪笥の裏の 二千円」

で、十分わかります。最後の句も

「溜めすぎた 小金箪笥が 開かない」

とすると、くすっと笑えるものになりますね。

雅号のつけ方

よい川柳にはよい作者名が大切です。ここでは雅号(ペンネーム)のつけ方について考えてみましょう。

雅号とは、本名とは別につける雅(みやび)な名前ですが、苗字まで変えたりする芸名等とはやや趣を異にします。本名をそのまま雅号にする場合もあります。雅号は、本人を特定しながらも、川柳という〈遊び〉の場で互いに呼び合う雅な通称であり、肩書きや仕事を離れたときの名です。
川柳は文芸です。作品に責任を持たない<匿名>という顔を隠したものは避けましょう。雅号も大切な自分の一面を表す<名>です。あまりふざけたものはつけないようにしましょう。
雅号は、古くは表徳(ひょうとく)といいました。古川柳(川柳評万句合)の初期は、号というより匿名の符牒に似たもので、作者に関連ある一字の下に〈印〉をつけて「○○じるし」と訓ませるもの(勝印、柳印、川印、鳥印、歌印など)が多かったようです。今日の社会でも同じですが、身分や出自を隠して、遊ぶための呼び名です。

サングラス=雅号○ 素顔=本名○ マスク=ペンネーム○ 仮面=別人格×

現在では、社会生活を離れ、面倒な仕事や肩書きを外した別世界の通称となっています。しかし、雅号として顔の全てを隠してしまう「仮面」はそぐいません。どこかに、作者の一部分を残した「雅号」や「ペンネーム」であって欲しいものです。

ところで「川柳」とは、実は柄井八右衛門の雅号です。 柳風狂句から出発した六大家のひとり、前田雀郎の初号は春雅亭文丸(しゅんがていふみまる)で した。これは稼業の足袋商で使っていたシンガーミシンを踏むというところからの洒落です。雀郎は本名を源一、ふざけた春雅亭文丸の雅号を棄て、居住地の 「雀宮」にちなんだ<雀郎>に代え、川柳の大家となりました。

現在では、俳号に対して柳号ともいわれることもありますが、一方、本名のままを作者名にすることが、特に女性作家などに増えています。

 

尾藤一泉(川柳家)のプロフィールはこちら

 

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