

毎年恒例となった「オリックス マネー川柳」ですが、私も選者として作品を楽しく拝見しています。 作品選定の際に気付いたこともございますので、応募される方はぜひご覧ください。
川柳の歴史の上で「狂句(きょうく)」と呼ばれる言葉遊びの作品が中心になってしまった時代があります。表面的な言葉の面白さや謎々的な楽しみを句にした時代です。
円高が これでほんとに ええんだか
総理さん 金くれるらし あっそうか(麻生か)
とても面白い作品ですが、表面的な言葉だけでは作者の訴えたい「マネーに関する思い」が伝わってきません。面白い言葉遊びでありながら、しっかりと「マネーに関する思い」が詰まった作品にして入選をねらいましょう。
金だけを 信じた会社が 消えてゆく
川柳で 賞金取っても 黙ってよ
いずれも面白い視点の作品ですが、残念ながらリズム感に欠けています。というのは、ふつう五・七・五のリズムである川柳ですが、真ん中の7音で「信じた会社が」とか「賞金取っても」など、いずれも「8音」になっています。すなわち、五・八・五というリズムです。
最近の話し言葉は、偶数音が好まれるということもあるようですが、定型詩である川柳にとって、流れるような五・七・五のリズムは、読者に対して優れた伝達性があり、共感が得られやすい形です。
もちろん、内容がよく、「リズム感」があれば、決して定型だけにこだわりませんが、そういう非定型でよい作品を作るのは、定型の器に載せて作るよりも難しく、経験と実力が必要になるのです。
川柳は、わずか十七音の文芸です。まして、「マネーをテーマに」などと題材が絞られると、誰もが同じことを考えてしまうことが起こります。これを「同想」といいます。
貯めている 金ではなくて 体脂肪
過去の募集期間において応募作品の中に同じような句が10句ほど見られたことがありました。
誰でも考えそうなモチーフは、結局、どの句も相打ちになってしまいます。
日常の平凡な風景から、他人が見つけないような題材を取り上げると、それだけで輝きが増してくるものです。単純発想を避け、他人が見落としたり気付かないことを句にするようにしましょう。
以下につづく「作句のポイント」もぜひご覧ください。

お金は、文明社会においてニンゲンと切っても切れない存在になっています。
今から250年前に興った川柳という庶民文芸でも、たくさんの切り口で〈人間社会〉と〈お金〉が描かれてきました。
明治以降、近代文芸に成長した〈川柳〉でも、〈お金〉という存在は、私たちの生活に密着して、時には歓びの対象となり、また、苦労の対象となり、さらには、事件発生の原因にもなってきました。お金を通じて、ニンゲンの強さや弱さが見え隠れします。
マネー川柳は、そんな人間社会の一端を十七音に定着し、楽しもうとするものです。
ここでは、文化としての川柳の歴史や基本を紹介するとともに、「マネー川柳」でよりよい作品を作るためのヒントをご紹介いたしましょう。
川柳には定まった形式があります。俳句も同じですが、川柳は、五・七・五、合わせて「17」という限定された音節から成り立っており、このような詩を「定型詩」と呼びます。日本古来の短歌(31音)ももちろん定型詩で、7音と5音で構成された定型のリズム(七五調といいます)の原形をなすものです。
「寸鉄、人を殺す」などといわれますが、仮名にしてただの十七字、一息で言い切れる定型の詩は、世界にも類例がなく、この短さこそが、川柳のいのちということができます。特徴的な一部を描くことで全体を想像させるという特徴があり、描かれた一部がわずかであればあるほど、インパクトが強く、ひろがりも大きくなります。
たった一滴おとしたインクが、水面へその色を拡げていく――これが、最短詩型である川柳の最大の効果です。

川柳の作り方には、特に難しいことはありません。
また一つ タダが消えてく レジ袋
紫陽花ママさん
第3回の「マネー川柳」大賞句です。
川柳が、俳句と同じ十七音の文芸であることは皆さんご存知と思います。
この定まった形式を「定型(ていけい)」といいます。したがって、川柳は形式を持った詩―「定型詩」の一種で、一般には「五七五」とか「十七音」などと呼ばれます。
また一つ / タダが消えてく / レジ袋
5音節 7音節 5音節
のように、5音節と7音節のフレーズを交互に三つ重ねて、5−7−5となり、全体では17音節になるのが、基本的な構成です。この場合、はじめの5音節を「上五(かみご)」(または「初五(しょご)」)、まんなかの7音節を「中七(なかしち)」、さいごの5音節を「下五(しもご)」(または「座五(ざご)」)と呼びます。
川柳は、この上五・中七・下五の三句体を基本として構成される定型詩です。
川柳は遊びですが作法があります。
いい加減な心掛けでは入選するのが難しくなります。
川柳におけるおおざっぱな作法についてお話しましょう。
私は、川柳を通じて日本の言語や歴史を楽しむ「文化」として川柳と関わりたいと思っています。「オリックス マネー川柳」のような公募文芸でも、もちろんその要素を持っていることは間違いありません。
応募される皆さまが、さらに川柳へ興味を抱いていただければ幸いです。川柳を人生の楽しみとしていただければ、これに過ぎた喜びはありません。

川柳の作り方には、特に難しいことはありません。
川柳の作り方、表現法は、大きく分けると10パターンほどになります。次の項では作句の参考に「句案十体」を紹介しましょう。
ここでは過去のマネー川柳応募作品を例にとり、川柳表現の基本10パターン「句案十体」をご紹介します。
「ケータイで 夢もおでんも 買う日本」 八街落花生(第2回大賞作品)
「夢」と「おでん」という全く価値のちがうもののコントラストが面白い。「通帳も 離婚届も 同じ判」 シジュウ(第3回入賞作品)
印鑑をキーワードにした対置。通帳と離婚届という価値の違いが滑稽を誘う。「あの世でも 払い続ける 墓ローン」 世間知らず
未来の状況を描くことで、現在の状況を描いたもの。これは、過去と対照することでも成立する技法です。「ジャンボくじ CMだけが 高笑い」 雅号なし
CMにおけるジャンボくじのタレントは、当たるのが当然というように満面の笑顔。それを描き出すことによって、現実は末等だけという当たり前の事実を想い起こさせます。「また一つ タダが消えてく レジ袋」 紫陽花ママ(第3回大賞作品)
第3回の大賞作ですが「レジ袋」という、あるひとつのものを描くことで、それ以外の現実を表現したものです。「ごっつぁんです 仕送り先は よその国」 ヒャックリのジョー
「ごっつぁんです」という言葉で相撲を表現し、「よその国」で外国人力士が描かれています。仕送り先というだけで、給金や懸賞の行方を暗示し、川柳として面白い世界を表しています。「帰省する よりもヨーロッパ が安い」 雅号なし
国内旅行と海外旅行の価格格差。国内旅行の宿泊費の高さは、海外ツアーパックの値段と比べてみてビックリすることがある。リアリズムでもあるが、誇張的表現でもあります。「温暖化 ほどに上がらぬ お給料」 帰国ママ
地球的規模の温暖化による気温上昇に給料のベースアップを喩えたもの。そのギャップの大きさで面白さが生れます。「新札と 入れ替えだけの 金まわり」 秋田美人
「後悔の 今年始まる 福袋」 ひさよ
「お札にも ニートの様な ニ千円」 春ボケ
ニートという現代社会風俗の戯画化ともいえる。「自販機に 入れたお札が 舌を出す」 痴々庵(第3回入賞作品)
過去の応募作品を参考に、初心者の方が陥りやすいパターンをチェックしましょう。
「アイディアで 一攫千金 夢じゃなし」
たとえば、「アイディアが 胸算用を 膨らます」
のように、「描写体」で表現すると説明的な臭いが薄れます。「宝くじ またもはずれて 夢となる」
「0(ゼロ)の数 六個以上は 縁が無く」
「宝くじ またもハズレた 腹の虫」
「ゼロの数 縁なき程の 汚職記事」
「あって良し なくては困る お金かな」
読者の共感を得るためには、「ゴモットモ」ではなく「そうだ!」と言わせなくてはなりません。「あってよし 無くても金で 世が廻り」
このようなところでしょう。「あと十円 コーヒー買えずに 肩落とす」
数詞に絶対的理由がありません。「自販機の 前で小銭に 裏切られ」
こうすれば、「10円」という限定を逃れて句に広がりまで出ますね。「今日も100円 明日も100円と貯めても 使うのは子や孫」
言葉を選択し、焦点を絞り、切り取る。これが大切です。「百円を 毎日溜めて 子に盗られ」
これでも、十分に気持は伝わるでしょう。「災害の 確率ほどの 金利かな」
「財布みる 並ぶばかりは カードかな」
「増税を 置き土産する 総理かな」
「災害の 確率ほどに つく金利」
「働かぬ カードが並ぶ デブ財布」
「増税を 土産に総理 椅子を捨て」
「札束が 人間性を 曲げて行き」
「政治家は 無駄な税金 使い過ぎ」
「堅物の 背骨を 札束が曲げる」
「政治家の 手から血税 零れてだす」
「生きた金 遣えと言って 逝った父」
「生涯は お金と命 大切に」
「生活と 税にゼイゼイ 我が暮らし」
「孫さんの マネーゲームを マネしたい」
「呑み込めと 歯のない親父 言いふくめ」 「狂句百人集」より
は、コトバ遊びですが言い得て妙です。「大掃除 箪笥の裏から 旧千円」
「貯めすぎて 金のおもみで 蔵壊れ」
「大掃除 箪笥の裏の 二千円」
で、十分わかります。最後の句も「溜めすぎた 小金箪笥が 開かない」
とすると、くすっと笑えるものになりますね。よい川柳にはよい作者名が大切です。ここでは雅号(ペンネーム)のつけ方について考えてみましょう。
雅号とは、本名とは別につける雅(みやび)な名前ですが、苗字まで変えたりする芸名等とはやや趣を異にします。本名をそのまま雅号にする場合もあります。雅号は、本人を特定しながらも、川柳という〈遊び〉の場で互いに呼び合う雅な通称であり、肩書きや仕事を離れたときの名です。
川柳は文芸です。作品に責任を持たない<匿名>という顔を隠したものは避けましょう。雅号も大切な自分の一面を表す<名>です。あまりふざけたものはつけないようにしましょう。
雅号は、古くは表徳(ひょうとく)といいました。古川柳(川柳評万句合)の初期は、号というより匿名の符牒に似たもので、作者に関連ある一字の下に〈印〉をつけて「○○じるし」と訓ませるもの(勝印、柳印、川印、鳥印、歌印など)が多かったようです。今日の社会でも同じですが、身分や出自を隠して、遊ぶための呼び名です。

現在では、社会生活を離れ、面倒な仕事や肩書きを外した別世界の通称となっています。しかし、雅号として顔の全てを隠してしまう「仮面」はそぐいません。どこかに、作者の一部分を残した「雅号」や「ペンネーム」であって欲しいものです。
ところで「川柳」とは、実は柄井八右衛門の雅号です。 柳風狂句から出発した六大家のひとり、前田雀郎の初号は春雅亭文丸(しゅんがていふみまる)で した。これは稼業の足袋商で使っていたシンガーミシンを踏むというところからの洒落です。雀郎は本名を源一、ふざけた春雅亭文丸の雅号を棄て、居住地の 「雀宮」にちなんだ<雀郎>に代え、川柳の大家となりました。
現在では、俳号に対して柳号ともいわれることもありますが、一方、本名のままを作者名にすることが、特に女性作家などに増えています。